は、主に「新憲法草案」についての、私の考えていることをお伝えします。


by reodaisuki1

新憲法草案注解 (天皇)第一条(4)

 9条と天皇制の問題が不可分であるということは、あまり指摘されることがありませんが、根本的な問題です。わたしが、そのことを教えてもらったのは、羽仁五郎からです。かつて講談社文庫から「自伝的戦後史」という著作が出ていました。わたしは、何度も読み直しています。今、本屋の店頭で見ることができませんが、図書館にならあるかもしれません。今こそ、読むべき書物だと思います。講談社が重版してくれればいいのですが。講談社さん、再販してください。「自伝的戦後史」の下巻の12、13頁に、以下の文章があります。長いですが、実に大事なことが書かれています。日本の将来に関わることです。

 軍備の問題が同じである。なぜ憲法で軍備をいっさい認めないようにしたかー吉田茂から三木武雄にいたるまで、いいかげんな憲法解釈をやっているけれども、理論的にズバリといえば、天皇制を廃止するか、の二者択一である。このごろは、二者択一論は単純だと嫌う人が多いが、それは論理を嫌うことなのだ。プーマ首相の言葉を借りれば、歴史的事実の進行を無視しようとする人が、二者択一の議論を排斥するのだ。
 事実、天皇制も存続しておく、軍備も持つということはできなかっただろう。もし軍備を持つとすれば民主的な軍隊にしなければならない。すると天皇制はおいておけない。
 このまえにも話した映画『日本の悲劇』に出てくるような、白い馬に乗ってサーベルを抜いて観兵式をやっている天皇が戦後に存続できるはずもなかったので、サーベルのほうをやめる
か、それとも白い馬にのっている人のほうをやめるかーその両方を得るというのは、ひとつの菓子を食べながら、それをいつまでも持ちつづけていたいと思うのと同じで、論理的に不可能なことなのである。これが、急所だ。
 稲葉君などから見れば、いまの憲法はまったく納得できないだろう。改正したい点が多々たあると考えるのも無理はない。しかしそれをいっていたら天皇制は起訴され、廃止されていたのではないか。”のどもと過ぎれば熱さを忘る”で、今日になるとご馳走は食べたが、勘定は払わないという、食い逃げ的な了見が出てくる。ぼくがいうのではない、歴史から見ればこれは食い逃げだというのだ。
 ご馳走は食べてしまったのだ。天皇制は護持できたのだ。だから憲法という代価を払わなければならない。つまり、軍備は完全に持ってはならないのだ。したがって今日、自衛隊がだんだん軍隊になっていくにつれて、国際的に日本の天皇制廃止の問題が出てくるのはとうぜんだろう。
 ーーそして最後に、その憲法が軍備を放棄したということは、軍備を廃止するか、天皇制を廃止するか、という二者択一からきている。したがって、いま軍備を拡張すればするほど、自衛隊が巨大化すればするほど、天皇制を廃止するという客観的な、歴史的な事実の要求が強くなってくるのだ。

 これは、今から、30年ほどまえに書かれた文章であるが、繰り返し読み直して考えるべきことである。今こそ、全国民がここを読むべきときであるが、本屋の店頭にはない。時間があれば、講談社に手紙を書いて、再販してくれるように働きかけたい。
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by reodaisuki1 | 2006-01-02 13:55