は、主に「新憲法草案」についての、私の考えていることをお伝えします。


by reodaisuki1

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新憲法草案 (天皇の権能)第四条にtrackbackしてくださった方ありがとうございました。わたしは、まだtrackbackしたことがありません。まだ方法をしらないのです。簡単なことなのでしょうが、学ぶゆとりがないのです。
 法律的な意味での「行為」という言葉について知らせてくださいました。それを読んで思ったのは、(天皇の権能)第四条とすべきではなく、(天皇の行為)第 四条とすべきだということです。しかし、そうなると、草案の著者にはまずいことになったでしょう。草案の第六条のタイトルは、(天皇の国事行為)ですから、(天皇の行為)(天皇の国事行為)とつづくのでは、格好悪いですからね。これは(天皇の権能)(天皇の国事行為)と続いた方が、格好がいいし、威風堂々としているわけです。しかし、現行憲法は、断固として天皇には、国政の権能がないと言っているのです。「国事行為」に「権能」などという言葉を使うのは、言葉の濫用でしょうし、国民を欺くものではないでしょうか。

 さて、現行憲法の第六条は、こうです。

 第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
②天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

 これが、草案では、以下のようになっている。

 (天皇の国事行為)
第六条 天皇は、国民のために、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命し、内閣の指名に基づいて最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

 現行憲法の第六条に(天皇の国事行為)とタイトルをつけるのが適当かどうか、いまのところ判断ができません。第一条から、ここまで、たどたどしく論じてきましたが、タイトルをつけるのには、賛成できません。見たところ嘘もあるようです。嘘はいけません。

 さて、現行憲法で第六条は二つの項から成り立っていますが、草案では、一つの項にまとめられています。しかも「国民のために」という言葉を付け加えられて。現行憲法が二項に分けられているのは、三権分立を強調しているのだろう。それが、「天皇」の名前の下に、総理大臣も最高裁長官もおかれていると印象づけようとしている。それも「天皇は、国民のために」するのである。「国民のために」という言葉は、現行憲法では、第7条にはじめて出てきているのだが、ここで早々と入れている。これは、どういうことか。「天皇は、ありがたくも、国民のために、総理大臣も最高裁長官も任命される。」というのである。

 ここでも、天皇制の強化が図られている。法的には、おそらく、ここが、このように変えられても、当座、実際的な変化はおこらないだろう。しかし、こんな条文を読ませ続けられたら、日本国民は、天皇の元首化に鈍感になっていくだろう。そして、そのとき、憲法が変えやすくなっていたら、つまり96条がかえられていたら、天皇を元首にするという憲法改「正」案も出てくるだろう。自民党は、何回かの憲法改「正」をして自分たちの目標に達しようともくろんでいると思われる。今回は、ここまで。残りは、次回に一気に、ということであろう。主権在民、国民主権が危ないのである。

 草案第二項については、次回に扱います。
 
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by reodaisuki1 | 2006-01-04 13:37

新憲法草案注解 第五条

 現行憲法では、第五条は、こうである。

 第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。

 案では、以下のごとくである。

 第五条 (第七条参照)

案の第七条は、「(摂政) 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名で、その国事に関する行為を行う。」となっている。内容は変わらない。なぜ、位置をかえたのだろうか。これは、すべてを天皇中心の文章に集中しようとしているためと思われる。
 案の「第一章 天皇」のタイトルをならべてみるとこうなる。(天皇)(皇位の継承)(天皇の権能)(天皇の国事行為)(摂政)(皇室への財産の譲渡等の制限)。

 実によく考えられている。現行憲法に抵触しないようにみせかけて、天皇の権威を高めようとしているのである。現行憲法は、天皇をいかにしたら、象徴にしておくかを主として構成されているのに対し、案は、できれば、みせかけだけでも、天皇の元首化にちかづけようとしているように見える。そうみてしまうわたしが悪いのであろうか。何か理由があるから、こんなことをしたに違いないのである。わたしの解釈は間違っているだろうか。舛添要一さん、どうですか。
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by reodaisuki1 | 2006-01-04 00:15
 現行憲法の第四条は以下のごとくである。

 第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
② 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

 それを、自民党案では、こうしている。

 (天皇の権能) 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。

 案の第四条は、第三条が削除されていることを考慮にいれて読まなければならない。そして(天皇の権能)というタイトルがついている。現行憲法第三条は、天皇の国事行為は、内閣の監督下にあることが記されていた。国民主権だから当然と言えるであろう。それを後の六条の中の最後の項にもっていき、第四条に(天皇の権能)のタイトルをつけて、さも、天皇に権能があるように誤解するように、不注意な読者が早とちりするようにしくんでいる。大事なことは、「国政に関する権能を有しない。」ことである。天皇が「国政に関する権能を有しないことこそが、「象徴天天皇制」であるゆえんである。天皇の「国事」が「権能」というのは、言いすぎというものであろう。しかし、それは、あえて、そうしたのであろう。これは、天皇を元首にしたいという根強い衝動が背後にあるのだろう。憲法96条の改正要件を国会で三分の二以上から過半数にかえることができたなら、天皇の元首化も夢ではないということだろう。自民党の人たちは、どうして、こんなに天皇制を強化したがるのだろう。何か都合がいいことがあるのだろう。日本の文化を大事にしたいという答えが聞こえてきそうだが、そうきれいごとばかりではないだろう。天皇制は、権力者たちの最後のよりどころなのだろう。昔から、日本ではそうだった。それは、麗しい伝統だろうか。わたしには、そうは思えないのである。日本人たちよ、もっと、誇りをもって生きよう、天皇文化などなくても、立派に生きられる。
 現行憲法の第二項がなぜ削除されたのだろうか。わたしには、わからない。勉強してわかったら、また書きたいと思う。
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by reodaisuki1 | 2006-01-03 23:43

新憲法草案注解 第三条

 現行憲法の第三条は、以下の通りである。

 第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が責任を負ふ。

 それが、新憲法草案では、こうなっている。

 第三条 (第六条第四項参照)

 さあ、ここは注意を要するところである。削除ではないのである。ちなみに、新憲法草案の第六条第四項に何が書かれているのだろうか。以下にそれを書いておこう。

 第六条4 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその責任を負う。

 案の第六条4は、現行憲法憲法第三条とまったく同じ内容である。同じ内容であれば、今のままでいいではないか。しかし、重要な変更があるのである。今までは、ひとつの条であったものが、ひとつの項にかえられたということである。条と項では、どちらが大きい概念であろうか。条のほうである。つまり、第三条は、新憲法草案では格下げされたのである。そして、位置も、天皇についての条の三番目にあったのが、六番目の条にもっていかれ、項でも最後にもっていかれている。これが意味するところは何であろうか。
 それは、姑息な仕方で国民主権の弱体化をはかっているのである。
 ここで、わたしたちは、現行憲法の第三条が何を語っているかよく読みなおしてみよう。

 すると、ここで、かたられているのは、あくまで、国民主権であるということである。内閣が、天皇の国事行為についてあくまで、内閣が責任を持つということで、承認も内閣のすること、助言もそうである。つまり、天皇は、独自の判断で、内閣の承認なしに、国事行為をすることができない。天皇は、国民主権のもとに厳格に制限を受けている。このことが気に食わない人たちが、この案を作ったに相違ない。その際、この条を削除することは、さすがにできないという判断があったのだろう。項に格下げして、目立たないようにしたといういうことだろう。姑息なことをするものである。
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by reodaisuki1 | 2006-01-03 00:35
 第2条は、現行憲法では、以下のとおりである。

 第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

 それを、新憲法草案では、次のようにしている。

   (皇位の継承)
 第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

 形式的には、(皇位の継承)というタイトルをつけたこと、仮名遣いをあらためたことが変化である。内容も変わっていない。ただし、前文に「象徴天皇制は、これを維持する。」となっているので、この件も、現行憲法より強化されたととるべきだろう。
 この点については、現在、皇室典範の改正が論議されている。私見によれば、そのことは、天皇制に根本的に変化を与えるものではないであろう。
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by reodaisuki1 | 2006-01-02 23:49
 9条と天皇制の問題が不可分であるということは、あまり指摘されることがありませんが、根本的な問題です。わたしが、そのことを教えてもらったのは、羽仁五郎からです。かつて講談社文庫から「自伝的戦後史」という著作が出ていました。わたしは、何度も読み直しています。今、本屋の店頭で見ることができませんが、図書館にならあるかもしれません。今こそ、読むべき書物だと思います。講談社が重版してくれればいいのですが。講談社さん、再販してください。「自伝的戦後史」の下巻の12、13頁に、以下の文章があります。長いですが、実に大事なことが書かれています。日本の将来に関わることです。

 軍備の問題が同じである。なぜ憲法で軍備をいっさい認めないようにしたかー吉田茂から三木武雄にいたるまで、いいかげんな憲法解釈をやっているけれども、理論的にズバリといえば、天皇制を廃止するか、の二者択一である。このごろは、二者択一論は単純だと嫌う人が多いが、それは論理を嫌うことなのだ。プーマ首相の言葉を借りれば、歴史的事実の進行を無視しようとする人が、二者択一の議論を排斥するのだ。
 事実、天皇制も存続しておく、軍備も持つということはできなかっただろう。もし軍備を持つとすれば民主的な軍隊にしなければならない。すると天皇制はおいておけない。
 このまえにも話した映画『日本の悲劇』に出てくるような、白い馬に乗ってサーベルを抜いて観兵式をやっている天皇が戦後に存続できるはずもなかったので、サーベルのほうをやめる
か、それとも白い馬にのっている人のほうをやめるかーその両方を得るというのは、ひとつの菓子を食べながら、それをいつまでも持ちつづけていたいと思うのと同じで、論理的に不可能なことなのである。これが、急所だ。
 稲葉君などから見れば、いまの憲法はまったく納得できないだろう。改正したい点が多々たあると考えるのも無理はない。しかしそれをいっていたら天皇制は起訴され、廃止されていたのではないか。”のどもと過ぎれば熱さを忘る”で、今日になるとご馳走は食べたが、勘定は払わないという、食い逃げ的な了見が出てくる。ぼくがいうのではない、歴史から見ればこれは食い逃げだというのだ。
 ご馳走は食べてしまったのだ。天皇制は護持できたのだ。だから憲法という代価を払わなければならない。つまり、軍備は完全に持ってはならないのだ。したがって今日、自衛隊がだんだん軍隊になっていくにつれて、国際的に日本の天皇制廃止の問題が出てくるのはとうぜんだろう。
 ーーそして最後に、その憲法が軍備を放棄したということは、軍備を廃止するか、天皇制を廃止するか、という二者択一からきている。したがって、いま軍備を拡張すればするほど、自衛隊が巨大化すればするほど、天皇制を廃止するという客観的な、歴史的な事実の要求が強くなってくるのだ。

 これは、今から、30年ほどまえに書かれた文章であるが、繰り返し読み直して考えるべきことである。今こそ、全国民がここを読むべきときであるが、本屋の店頭にはない。時間があれば、講談社に手紙を書いて、再販してくれるように働きかけたい。
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by reodaisuki1 | 2006-01-02 13:55
 現行憲法の第1条は、こうである。

 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 これが、新憲法草案では、以下のようになっている。

   (天皇)
 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

 (天皇)というタイトルと送り仮名や仮名遣いの違いを現代に合わせているという形式的な違い
だけのように見える。しかし、新憲法草案の前文に「象徴天皇制は、これを維持する。」とあるために、意味がかわってきている。どういう具合にかわってきているか、はっきり言えないが、今までより、「天皇陛下万歳」の声が強くなるであろう。
 そもそも、象徴天皇制であっても、国民主権と平和主義と基本的人権の尊重と、矛盾するところがないか、という疑問がある。大日本帝国憲法では、国民は、臣民と言われていた。天皇主権であったのである。天皇をたてれば、国民がたたず、国民を立てれば、天皇が立たずということで、象徴天皇制が考え付かれ、「日本国の象徴」であり、「日本国民統合の象徴」ということになった。

 しかし、天皇に、基本的人権が基本的に保障されているかどうかは、はなはだ、あやしい。「基本的人権」や「国民主権」と、天皇制は矛盾したところをもっているのかもしれないのである。そして、戦前、戦中の天皇制は、軍国主義と不可分の関係にあった。そのために、「天皇の国事行為」というものが定められ、天皇が政治に関わらないように天皇制に制限がもうけられたのである。それゆえ、天皇の「地位は」「主権の存する日本国民の総意に基く」となっていた。これは、とりようによれば「天皇制をなくすことも、国民の総意に基く」までも、含むのではないか。そう考えると、新憲法草案の前文で、「象徴天皇制は、これを維持する」という一文を入れる意味は大きい。天皇制の強化であり、国民主権の弱体化であり、基本的人権を制限するものであると言えよう。基本的人権が保証されていない存在が、国民統合の象徴であるということは、本当は、困ることではないだろうか。ちなみに、天皇は、選挙権もないであろう。本当の意味で、思想・信条の自由もなく、言論の自由もないのではないか。「雅子」さんが、「皇室」に「適合」できないのは、むしろあたりまえではないか。これは、困難な問題である。しかし、これは、本当は、避けて通れない問題であろう。日本国民に残された課題なのである。この地位は、国民の総意に基づく、とはそういう意味をもっている。それを、簡単に「象徴天皇制は、これを維持する。」としてよいのだろうか。
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by reodaisuki1 | 2006-01-01 21:34
 前回は、第一条の中身に言及できませんでした。これから、新憲法草案の一条ごとに、検討してみようと思います。

 わたしは、専門的に憲法を勉強したものではありませんが、下手をすれば、国民投票しなければならなくかもしれません。わたしはそうならないように全力をもって阻止しようと思っていますが、多勢に無勢ということになって、国民投票しなければならなくなるかもしれません。その時のために、この新憲法草案を自分なりに読み解いておきたいのです。そして、この作業が、読んでくださった方の少しでも、役に立てばと思っています。いずれ、学問的にしっかりした書物が出版されるでしょう。そうでないと、また、困ります。しかし、わたしは、そのような学問的な労作が出るのを待っていられない気持ちなのです。

 とにかく、泥縄式ではありますが、伊藤真さんの「高校生でもわかる 日本国憲法」(本体1800円)などを読み、芦部信喜著「憲法 第3版」(岩波書店 3000円)という憲法学界でも、権威あるものとされている書物も読みすすめながら、自分なりに読み解いていきたいと思います。専門家からすると、噴飯ものということもあるかもしれません。それは、学びと共に訂正していきたいと思っています。

 わたしは、この3ケ月の間に、憲法について急速に学びを深めています。硬性憲法とか軟性憲法という専門用語も知りました。そして、立憲主義という言葉も知り、その重要性を強く意識しだしています。そして、日本国憲法というものをよく理解することこそが、新憲法制定という、クーデターを阻止する、一番確実な方法だと思うようになりました。おそらく、自民党の国会議員さんたちは、立憲主義という一番基本的なこともしらないのではないかと、最近「立憲主義」という言葉を知ったばかりのわたしは、生意気にもそう思っているのです。
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by reodaisuki1 | 2006-01-01 20:01
 現行憲法では、前文の後、第1章 天皇、となっており、第1条から第8条までが、第1章となっています。新憲法草案でも、前文の後、第1章 天皇、となっており、第1条から第8条までが、第1章であるということは、かわりありません。しかし、第3条のところが、削除され第6条にまとめられています。そして、各条の前に(天皇)とか(皇位の継承)とかタイトルがつけられています。そして、仮名遣いが現代にあわせてあります。

 ついでに、書き忘れたことですが、新憲法草案には、前文の前に、目次がつけられました。現行憲法には、目次はありません。新憲法草案の目次を便宜のため、書いておきます。

 目次
前文
第1章 天皇(第1条ー第8条)
第2章 安全保障(第9条・第9条の2)
第3章 国民の権利及び義務(第10条ー第40条)
第4章 国会(第41条ー64条の2)
第5章 内閣(第65条ー75条)
第6章 司法(第76条ー82条)
第7章 財政(第83条ー91条)
第8章 地方自治(第91条の2-95条)
第9章 改正(第96条)
第10章 最高法規(第97条ー99条)

 なんのために、目次をつけたのか説明はありません。わたしが、一番最初に思ったことは、この憲法は「新しいのだ」ということを印象づけようとしているのかな、ということでした。
 それと、この目次は正確ではありません。自民党の新憲法草案には、現行憲法の95条が削除されています。しかし、これについては、新憲法草案の、欄外に(注)として、「新憲法草案の条文番号は、現段階では、参照の現行憲法とそろえた。」とあります。
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by reodaisuki1 | 2006-01-01 19:23
 前文についいては、もう書かないつもりだったが、大事なことを書き忘れていた。実は、この大事なことを忘れさせるのも、新憲法草案の問題なのである。それは、先の大戦で、日本人が、2000万人を超すといわれるアジアの人々を殺し、300万人と言われる日本人が殺されたという事実である。
 あれは、侵略戦争であり、それは、「日本政府の行為によって」おきた惨禍だという認識が、現行憲法前文にはある。それを一切削除して、何もなかったかのようにふるまっている。

 そのことに、一切ふれていないということが、新憲法草案前文の最大最悪の問題なのである。過去の過ちを忘れるものは、再び同じ過ちを犯すだろう。

 このような新憲法を制定するということは、過去と同じような戦争をするということである。これは、必然的に、そうならざるを得ない。
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by reodaisuki1 | 2005-12-31 18:46