は、主に「新憲法草案」についての、私の考えていることをお伝えします。


by reodaisuki1

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 前文についいては、もう書かないつもりだったが、大事なことを書き忘れていた。実は、この大事なことを忘れさせるのも、新憲法草案の問題なのである。それは、先の大戦で、日本人が、2000万人を超すといわれるアジアの人々を殺し、300万人と言われる日本人が殺されたという事実である。
 あれは、侵略戦争であり、それは、「日本政府の行為によって」おきた惨禍だという認識が、現行憲法前文にはある。それを一切削除して、何もなかったかのようにふるまっている。

 そのことに、一切ふれていないということが、新憲法草案前文の最大最悪の問題なのである。過去の過ちを忘れるものは、再び同じ過ちを犯すだろう。

 このような新憲法を制定するということは、過去と同じような戦争をするということである。これは、必然的に、そうならざるを得ない。
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by reodaisuki1 | 2005-12-31 18:46
 新憲法草案の前文については、今のところ、これ以上書けない。しかし、前進のために、現行憲法の前文をここに、書いておこう。

 
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主張を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信じる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 わたしたちは、こんなに素晴らしい前文を持っている。どうして、一部の欲深い人たちによって、これを奪われてよいだろうか。
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by reodaisuki1 | 2005-12-31 00:31
 前文の最後の段落は短い。以下の通りである。

 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえない地球の環境を守るため、力を尽くす。

 この内容そのものは、良いであろう。しかし、これを置くだけのことをしなければならないのか、疑問がある。これは、新憲法であるということを強調して、改憲の勢いをつけ、特に9条を変えやすくするための手段ではないかとの疑いがぬぐえない。

 それにしても、この新憲法草案の前文はよく考えられていると思う。とても、賛成できないし、誠実さを感じられないが。感じるのは、膨張欲である。古い言葉で言えば、「富国強兵策」であり、軍事力を背景にした「新自由主義構想」である。象徴天皇制を根底におきながら、国民統合を図り、愛国心を鼓舞し、東アジアに経済圏を自衛軍を背景にし、アメリカ軍と手を取り合いながら、自国の発展を目指そうという、自民党と経済界の野望が見え隠れしている。それを、国民の名前をかたりながら、実現しようとしているのである。
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by reodaisuki1 | 2005-12-30 23:44
 前文の第四の段落は、こうです。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。

 ここで、基本的に考えられていることは、日米安保体制であり、国連のpko活動であり、平和維持軍の活動であり、多国籍軍への参加であろう。もはや、一国平和主義ではないということであろう。そして、イラクや北朝鮮のような人権侵害があるところには、武力による介入も考えられるということであろう。そこまで取るのは取りすぎだとしても、その方向性はある。集団安全保障は、明記されていないものの、肯定の方向ではあろう。
 要するに、自衛軍の海外出動のために道が開かれている。それは、「正義と平和」のためという名目で行われるということである。それは、欺瞞であるとしても。

 以上の精神は、現行憲法の前文の以下のところに反する。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
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by reodaisuki1 | 2005-12-30 23:03
 前文の第三は、次のようになっています。

 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。

 ここは、9条に自衛軍を明記したことと共に、愛国心を国民に強要するもので、こういうところをもとに、将来、徴兵制の復活という事態がこないとも限りません。ここで、新憲法草案の核心部分が露呈していることは、多くの人がすでに、指摘しています。
 「活力ある社会」という表現は、本来「経済的に活力ある社会」とあったところを、それでは、あんまり露骨だから、抑制した表現にしたと思われます。とにかく、日本商工会議所、日本経団連、経済同友会が、憲法についての提言をしてきたことは、事実で、これらの経済団体は、この新憲法草案を歓迎すると表明しています。「教育の振興」については、教育基本法の改「正」が、来年の国会でおこなわれようとしていますが、愛国心教育で、国民を団結させ、エリート教育をして、グロ-バリゼーションの時代を乗り越えようとはかっていると思われます。これも経済界のためなのです。
 「国民福祉」をいれているのは、「結局、弱肉強食では」ないか」と言われたときの、反論のためでしょう。しかし、今の政府は、「生活保護」に対する国庫からの支出をおさえようとしているのですから、これは、言葉だけのものです。地方自治の発展を重視するという割りには、現行憲法の95条を削除して、住民投票の権利を国民から奪おうとしています。
 ここで守るべきとされているのは、「富国」であり、富国強兵が、現代的な表現で書かれているのです。
 
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by reodaisuki1 | 2005-12-30 22:29
 前回、前文は、五つの部分に分けることができると書きましたが、今日は、第二の部分について論じてみます。第二の部分は、こうでした。

 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、これを継承する。

 ここは、「新憲法も現行憲法の基本原則は、継承します」と表明しているのだが、ずいぶんくわせものの文章である。大体、これが、現行憲法の基本原則であろうか。現行憲法の基本的原則は、「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重」であるとは、学界の定説だし、国民の常識だろう。それを、その他に、象徴天皇制、民主主義、自由主義、国際協調主義まで入れ込んでいる。そして、順番も問題である。第一に、象徴天皇制をもってきていて、それだけ特別扱いしている。それだけでなく、象徴天皇制だけで、一つの文章にしている。「象徴天皇制は、これを維持する。」国民主権や、平和主義や基本的人権の尊重が、現行憲法の基本原則であって、象徴天皇制は、基本原則ではない。試みに、現行憲法の前文を読み直してみればよい。その前文には、「天皇制」については、ただ一度の言及しかない。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」国民主権の民主主義に反するものなら、それが、たとえ天皇から出た詔勅であっても、これを排除するといっているのである。これは、大日本帝国憲法では、全く考えられないことが、書かれているのである。「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」であったのだから、こんなことを以前に言えば、不敬罪であったろう。それが、いまや、堂々と、憲法に書いてあるのである。ところが、新憲法草案は、そうした文章を一切排除して、天皇制の復権をはかっている。ことは、重大である。つまり、新憲法草案は、天皇制を再び、憲法の根幹にすえようとしているのである。ただ、「維持する」というような生易しいことが目指されているわけではない。国民主権を軽んじても、天皇制を重んじようという意図がみてとれる。

 その次に気になるのは、「国際協調主義」という言葉である。現行憲法では、国際社会のためであろうと、日本が軍事的な貢献をすることは、全くかんがえられていない。現行憲法で考えられていることは、日本が戦争放棄をし、武力を持たず、交戦権を否定することによって、国際協調をしようということであって、新憲法草案のように、自衛軍を持ち、交戦権を暗に認めて、脅ししながら、国際協調をしようというのではない。全然、今の憲法の原則を継承しようなどとは、考えていないのである。ずいぶん、嘘の多い文章である。ここで言われている「国際協調主義」の中身は、場合によっては、海外に自衛軍を展開し、「国際平和」のためなら、武器も使おうということだろう。

 民主主義という言葉と、自由主義という言葉が、ここで使われている理由はよくわからない。「自由主義」とは、「新自由主義」のことであり、「自由民主党」の「自由」であろうとは思う。「民主主義」は、「自由民主党」の「民主」でもあるのだろう。しかし、それは、「民主」とはほど遠く、だんだん「独裁」に近づいているようにも見える。

 
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by reodaisuki1 | 2005-12-30 15:24
 新憲法草案の前文は、五つの部分に分けることができる。

 第一は、「日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。」であり、これは、新しい憲法を制定する」と宣言している。

 第二は、「象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。」である。
 これは、現行憲法の基本原則をそのまま踏襲していると言いたいのであろうが、これが、現行憲法の基本原則を適切に表現しているかというとそうではないであろう。そのことは、後に、論ずる。

 第三は、「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。」である。これは、愛国心と経済発展のことが言われているであろう。

 第四は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を払う。」であり、要するに、国際平和のために、自衛軍をだすこともあると言っている。

 第五は、「日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。」であり、この新憲法草案の新しさを強調するためのものとなっている。

 前文(3)以下で、その内容について、論ずる。
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by reodaisuki1 | 2005-12-30 00:21
 これから、自民党の新憲法草案を逐条的に読み解く試みをしてみたい。前文は、以下の通りである。

 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。
 象徴天皇制は、これを維持する。また、国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。
 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う。国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。
 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。

 本当に日本国民は、「新しい憲法を制定」しようと望んでいるだろうか。勝手に、自民党や日本経団連や経済同友会や日本商工会議所が、自分たちこそ「国民」である、「国民」の代表であると名乗っているだけではないか。新しい憲法を作りたがっているのは、国民ではなく、自民党であり、経済界なのである。「日本国民は、主権者として」と言っているが、ここで、本当に「主権者」として考えられているのは、自民党と財界なのではないか。国民全体が、このような憲法を求めているのではない。国民の中でも、権力を握っている一部の支配層、経済界のトップたちなのである。彼らは、自分たちが、国民の代表であると自負し、自分たちこそ、国のこと、国民のことを、一番考えていると思い、自分たちの考えているような憲法こそ、国民のためのものであると言う。そして、自分たちこそ、国民であり、国民の代表であるという。とんでもない。これでは、彼らは、憲法を国民の手から奪って、自分たちのものにしようとしているのではないか。

 さて、最初の宣言というべき箇所については、以前に、「新憲法制定」は、現行憲法に違反するのではないか、新しい憲法を制定するということは、現行憲法を廃止するということで、現行憲法96条では、取り扱えないと論じた。それは、基本的に重大なことであるが、繰り返しは避けたい。

 さて、このような、宣言のあとに、象徴天皇制が、顔を出している。これは、象徴天皇制が、新憲法草案の一番深いところに位置づけられようとしているのである。この問題については、次の前文(2)で論ずる。

 
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by reodaisuki1 | 2005-12-29 23:01

新憲法草案の根本問題

 しばらく、ブログの間隔をあけざるを得ないと思っていますが、最近思い至ったことがありますので、皆さん、検討してみてください。

 それは、新憲法草案の前文に、「象徴天皇制は、これを維持する。」とあることです。このなんでもないひとくだりが、結構、問題ではないか、ということです。今でも、象徴天皇制なのだから、それを確認しているだけだ、と私は、考えていましたが、どうも、そんな生易しいものではないようです。

 ここで、現行憲法を思い出してみますと、象徴天皇制という言葉はありません。天皇制に関する言葉は、わずかに一語だけです。それは、詔勅という言葉で、前文の精神に反する詔勅は認めないというものです。あくまで、国民主権で、それに反する詔勅は認めないと、天皇制が力をふるわないように牽制をしています。それを、今度の前文では、全く削除して、象徴天皇制という言葉を差し込んでいるのです。

 このことの重大さを、ここで展開する時間がないのですが、天皇制について考えられたことのある方は、これだけで、はっとされることがあると思います。これにきづいて、新憲法草案の天皇に関するところをよみ直してみると、現行憲法の条文に手をつけられているところのわけがわかってきたと思います。ここでは、国民主権の弱体化と天皇制の強化がはかられていると思います。

 このことに気づいて、前文の構造が有機的に見えてきました。それとともに、新憲法草案の構造が見え始めたと思っています。これを、ここで展開するのは、分量的に無理なので、項目的にあげておきます。時間がとれれば、また展開します。

 第一の問題は、これが新憲法草案であり、改憲という名のクーデターがされようとしていること。

 次に内容の問題にはいると、象徴天皇制の強化がはかられ、それだけ、国民主権が弱体化されていること。平和主義が骨抜きにされていること。基本的人権が公益・公の秩序のためにおおきな制限を受けるようになっていること。20条3項の政教分離規定が骨抜きになっており、戦争防止の思想的歯止めがはずされていること。総理大臣の権限の強化がされていること。地方自治の独立を弱体化させていること。

 次に、憲法の改正要件を緩和して、憲法が最高法規であることを、ほとんど空文化したこと。

 こんな、憲法で新しく日本をたてなおしたら、今騒ぎになっているマンションが、人の住めないものであるように、日本も危なくて人が住めない国になりそうです。
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by reodaisuki1 | 2005-12-17 00:57
 ブログ始めたばかりなのですが、このコラム、毎日のように書くことができなくなりました。
 憲法について、7800字ほど「福音と世界」というキリスト教の月刊誌に、2月15日まで原稿を書かなければならなくなりました。

 私が最近考えるようになっているのは、現行憲法の憲法概念と新憲法草案の憲法概念はおよそ違ったものになっているのではないか、ということです。

 今の憲法が、いわゆる立憲主義のものであるとするならば、新憲法草案の憲法概念は絶対主義的なものだ、ということです。

 別の言い方をしますと、今の憲法は、為政者たちに憲法擁護義務を与えているのに対し、新憲法草案は、為政者たちが自分たちに都合のいいことを国民におしつけようとしていることです。

 自分たちの権利(基本的人権)ばかり主張しないで、お国の言うことも聞けというものです。今の憲法が、権力を持ったひとたちのわがままを抑制するようになっているのに、国民は権利を主張ばかりして、公益、国益をそこねている、国家のためには、国民はもっと黙るべきだし、国民は公のために、もっと責務を果たすべきだということです。しかし、国のため、公益のためと称して誰が得をしようとしているのでしょうか。一部の支配層ではないでしょうか。誰のための憲法かと言いたい。
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by reodaisuki1 | 2005-12-14 22:23