は、主に「新憲法草案」についての、私の考えていることをお伝えします。


by reodaisuki1

新憲法草案の根本問題

 しばらく、ブログの間隔をあけざるを得ないと思っていますが、最近思い至ったことがありますので、皆さん、検討してみてください。

 それは、新憲法草案の前文に、「象徴天皇制は、これを維持する。」とあることです。このなんでもないひとくだりが、結構、問題ではないか、ということです。今でも、象徴天皇制なのだから、それを確認しているだけだ、と私は、考えていましたが、どうも、そんな生易しいものではないようです。

 ここで、現行憲法を思い出してみますと、象徴天皇制という言葉はありません。天皇制に関する言葉は、わずかに一語だけです。それは、詔勅という言葉で、前文の精神に反する詔勅は認めないというものです。あくまで、国民主権で、それに反する詔勅は認めないと、天皇制が力をふるわないように牽制をしています。それを、今度の前文では、全く削除して、象徴天皇制という言葉を差し込んでいるのです。

 このことの重大さを、ここで展開する時間がないのですが、天皇制について考えられたことのある方は、これだけで、はっとされることがあると思います。これにきづいて、新憲法草案の天皇に関するところをよみ直してみると、現行憲法の条文に手をつけられているところのわけがわかってきたと思います。ここでは、国民主権の弱体化と天皇制の強化がはかられていると思います。

 このことに気づいて、前文の構造が有機的に見えてきました。それとともに、新憲法草案の構造が見え始めたと思っています。これを、ここで展開するのは、分量的に無理なので、項目的にあげておきます。時間がとれれば、また展開します。

 第一の問題は、これが新憲法草案であり、改憲という名のクーデターがされようとしていること。

 次に内容の問題にはいると、象徴天皇制の強化がはかられ、それだけ、国民主権が弱体化されていること。平和主義が骨抜きにされていること。基本的人権が公益・公の秩序のためにおおきな制限を受けるようになっていること。20条3項の政教分離規定が骨抜きになっており、戦争防止の思想的歯止めがはずされていること。総理大臣の権限の強化がされていること。地方自治の独立を弱体化させていること。

 次に、憲法の改正要件を緩和して、憲法が最高法規であることを、ほとんど空文化したこと。

 こんな、憲法で新しく日本をたてなおしたら、今騒ぎになっているマンションが、人の住めないものであるように、日本も危なくて人が住めない国になりそうです。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-17 00:57
 ブログ始めたばかりなのですが、このコラム、毎日のように書くことができなくなりました。
 憲法について、7800字ほど「福音と世界」というキリスト教の月刊誌に、2月15日まで原稿を書かなければならなくなりました。

 私が最近考えるようになっているのは、現行憲法の憲法概念と新憲法草案の憲法概念はおよそ違ったものになっているのではないか、ということです。

 今の憲法が、いわゆる立憲主義のものであるとするならば、新憲法草案の憲法概念は絶対主義的なものだ、ということです。

 別の言い方をしますと、今の憲法は、為政者たちに憲法擁護義務を与えているのに対し、新憲法草案は、為政者たちが自分たちに都合のいいことを国民におしつけようとしていることです。

 自分たちの権利(基本的人権)ばかり主張しないで、お国の言うことも聞けというものです。今の憲法が、権力を持ったひとたちのわがままを抑制するようになっているのに、国民は権利を主張ばかりして、公益、国益をそこねている、国家のためには、国民はもっと黙るべきだし、国民は公のために、もっと責務を果たすべきだということです。しかし、国のため、公益のためと称して誰が得をしようとしているのでしょうか。一部の支配層ではないでしょうか。誰のための憲法かと言いたい。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-14 22:23

新憲法制定は、憲法破壊

さしあたり、宗教者に関係あるのは、20条3項の政教分離規定が自民党の新憲法草案で骨抜きになっていることですが、このことについて、今は論じません。この問題はあらためてとりあげます。

 わたしは、自民党の8月1日案を全文パソコンに入れるという作業をしながら、自民党は、革命をしようとしているのではないか、これは、公然とクーデターをしようとしているのではないかと思いました。これは、直感でした。その後、わたしは、本屋で、「改憲という名のクーデタ」という本をみつけて、そこで、小倉利丸という人が私が考えたこととほぼ同じことを書いているのを見つけました。また、その後、憲法の改正要件を扱っている96条について考えていた時、pcで憲法の改正回数など検索しているうちに、「憲法はどこまで変えられるか」という浦部法穂教授の講演録をみつけて、これは、何度も読み直しました。そして、この憲法学者によって、わたしは、ますます自分の直感を確証されつつあります。

 そして、わたしが、今思うようになっているのは、この新憲法草案の憲法観と、現行憲法観はまるで異質のものではないか、ということです。結局、この草案をつくった人たちは、まるで憲法というものがわかっていないのではないかということです。わたしだって、ついこの間まで立憲主義という言葉も知らなかったのですからえらそうなことは言えませんが、この人たちは、憲法の重みがまるでわかっていないから、憲法をそのものを破壊しようとしているということです。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-12 17:10
 自民党は、現行憲法は押し付け憲法だから、自主的に新憲法をつくると言ってきた。
私は、国民の一人として、そんなことは、大きなお世話だと言いたい。

 もし、大日本帝国が、中国や東アジア諸国、またアメリカの真珠湾の人々の命、二千万を超えると言われる人々の命を奪っていなければ、今でも、大日本帝国憲法は、存在し続けていたかもしれない。しかし、日本は、三百万とも言われる同胞の命をうしない、敗戦を受け入れたのである。そして、連合軍は、大日本帝国憲法そのものに、侵略戦争をひきおこす一つの原因をみいだしたからこそ、新憲法制定を指示したのだろう。日本は、敗戦していたから、それを受け入れざるを得なかった。押し付けられたのは、日本が侵略戦争をして、二千万を超す人々の命を奪ったからである。押し付けられるようなことをしたのである。

 私は、いまの憲法のすべてがいいとは思わないが、概していい憲法だと思っている。自民党の新憲法草案などより、ずっといい憲法だと思っている。

 それに、わたしは、自民党にも、経済同友会にも、日経連にも、新憲法を押し付けられたくない。憲法は国民のものである。自民党のものでもなく、経済界のものでもない。権力者たちのものでもないし、金持ちたちのものでもない。名もない、貧しいものたちのものでもあるのだ。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-08 15:34
trackbackしてくださった方、ありがとうございました。記事、関心のあるところ読ませていただきました。基本的に同じように考えられていると思い、励まされました。何とか新憲法制定などという暴挙を国民の力を結集して阻止しなければなりません。ここで、こんなことを書くのは、まるで、水車に槍をもって突きかかるドン・キホーテみたいなものですが、そういう人間がいなければならないでしょう。たくさんのひとが無力感にとらわれていますが、わたしは、最後まで、闘いを放棄しないつもりです。なぜなら、わたしは、大惨事が目の前で起きるのを見たくないからです。

 今、欠陥マンションのことが大騒ぎになっていますが、新憲法制定などということを考えもなしにしてしまうと、いつ日本が足元から崩れるかもしれません。今、設計図が出されたのですから、わたしたちは、これを徹底的に検討してどこで命が粗末にされているか、見極めなければなりません。わたしは、国民主権や、平和主義や、基本的人権を軽んじると、ついには、命を粗末にし、またもや、おびただしい数の人々の命が奪われるようになると思います。

 自民党は、国民主権や、平和主義、基本的人権について、基本的にかわりがないと言っていますが、それは、額面どおり取ることはできません。偽装されているところがあるのです。そのことについて、すでに、多くの人が指摘していますが、私も、これから、自分なりの言葉で、訴えていこうと思っています。パソコン始めたばかりなので、うまく返事などができないことがあるでしょう。おゆるしください。なるべく早く、上手に使えるように努力します。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-08 13:53
 ここのところ、「新憲法制定」ということにこだわって投稿してきました。

なぜ、私が、このことにこだわるようになったか、お知らせします。実は、私も、9月11日まで、憲法「改正」とか、憲法改悪とか書いていたのです。

 ところが、あの選挙の結果に、心底驚かされて、8月2日の新聞を取り出して、そこに載っている自民党の「新憲法草案」の第一次案(8月1日発表)を前よりも注意深く読み出したのでした。

 それから、私は、さらに丁寧に読むために、現行憲法を脇におきながら、パソコンに第一次案の全文を入力しました。それから、この案を国民主権と、平和主義と、基本的人権の観点から検討してみました。私は、憲法について素人ですが、現行憲法が、この三つの柱から成り立っていることは、知っていました。

 そして、その検討をしているうちに、自民党の案は、特に、平和主義と基本的人権を根底から、覆すものであり、前文まで書きかえるつもりだと知って、仰天しました。そして、わたしは、あらためて、自民党が「新憲法制定」をうたっていることにきつ゛きました。わたしは、「新憲法制定」と書かれているのに、心の中で、「憲法改正」とよみかえていたのでした。思い込みというのは、こわいものですね。今度の草案の前文冒頭には、「ここに新しい憲法を制定する。」と堂々と書いてあります。どうして怒らずにいられるでしょうか。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-06 15:36
自民党の新憲法草案は、新憲法草案であって、憲法改正草案ではありません。自民党は、憲法を改正しようとしているのではなく、新憲法を作ろうとしているのです。

 しかし、国民の皆さん、わたしたちは、既に憲法を持っています。大日本帝国憲法を制定する前なら、新憲法制定というのは、全く問題はないのですが、既に憲法があるのに、新憲法制定とは、穏やかならぬ話です。既に憲法がある場合、いったん、今ある憲法を廃止して、その後に、新憲法を制定するということになります。

 そして、現行憲法は、新憲法制定を想定していません。なにやら、今年の流行語めいてきましたが、想定外のことなのです。現行憲法では、96条に憲法改正はどのようにしたらできるのか書かれていますが、新憲法制定する場合、どのようにしたらできるのかは、書いてありません。

 自民党は、憲法96条を用いて、新憲法を制定したいと願っていますが、憲法96条では、憲法改正はできても、新憲法制定はできないはずです。これは、理性的に考える人なら皆、納得してくださるはずです。もし、国会の場に、新憲法草案が上程されたら、その時、憲法違反が行われたことになるでしょう。わたしたち国民は、そんな超憲法的な行為を断じて認めるべきではありません。センセーショナルに聞こえるでしょうが、与党第一党は、憲法にのっとった見せかけのもとに、自民党一党独裁の新憲法を制定しようとしているのです。国民の目の前で、憲法改正とみせかけて、公然と、クーデターを行おうとしているのです。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-05 11:25
 現在、憲法調査特別委員会で、国民投票案が、作成されようとしています。来年の通常こ国会に提出されるということです。

 しかし、わたしたち国民は、ここで、よく考えてみるべきことがあります。

 自民党が進めようとしている「新憲法制定」が、現行憲法96条で出来るのか、ということです。

 実は、憲法96条は、新憲法制定を、全く前提していないのではないか。現行憲法の前文には、「この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」とあります。ここに、「これに反する一切の憲法」とあるのを読みすごさないでいただきたいのですが、もし、「新憲法草案」が、国会に上程されるなら、そのこと自体、この前文に真っ向から反するのではないでしょうか。

 そして、新憲法制定を前提にして、国民投票法案を検討すること自体、国会が、現行憲法に反することになるのではないでしょうか。

 わたしが、ここに書いていることが、突拍子もないことだと思われる方は、ぜひ、「憲法は、どこまで変えられるか」というタイトルで、浦部法穂教授の講演録を検索してみてください。浦部先生は、有名な憲法学者です。私は、何度も読んで、憲法というものが何かと、あらためて考えさせられています。

 また、「改憲という名のクーデタ」という本(ピープルズ・プラン研究所編、現代企画室発行)の小倉利丸氏の論文をお読みください。
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# by reodaisuki1 | 2005-12-04 23:32